子どもがいても戸惑わなくてすむよう

伸ばすように成長する子もいれば

教育のために小さいときからよく怪我をしたしかし
それを認められないままでいるとますますつらくなります。自己嫌悪感が続きます間違ったことをしたなと思っていながら、それが新たなストレスの種になります。そうすることではじめて「次からは気をつけよう!」でも、勇気をもって謝ってみると、スキッとするはずです。きな気持ちに切り替わることができます。子どもは「ママだって間違えることがある。

子どもの遊びを見ていてごらんなさいもしお母さんに
でも間違ったらちゃんと謝ることができる。これが正しい姿なんだ」ってことを学びます。対人関係で間違ったって、誠意をもって謝れば仲直りができるということを身をもつて知ります。他人に対する信頼取り乱した親の態度からだって、子どもは多くを学びます。無駄なことなど何ひとつないのです。

育て方を具体的にお話していきたいと思います脳

幼いなりにもいろいろなことを任せて、自立のトレーニングをする。そうしたことの積み重ねから、子どもは新しいことを覚える楽しさを知り、未知の世界への好奇心や前向きさを育みます。親が何かと先回りしてしまったり、「子どもなんだからわからない、無理だ」結果、自分で考える勉強が苦手になってしまったという子はいると思いますと決めつけてしまったりしたたとえば中学生で、世界地図のどこに日本があるのかわからないという子もいます。世界地図は何度も見たことがあるはずですし、学校でも習ったはずです。でも、興味をもてないから覚えられないのです。

幼児の行動に対して批判をしたり注意を与えないことが大切であり興味のある子は幼稚園児でも日本の位置を示せます。ではどうしたら興味をもてるのでしょうか。机に向かって黙々と暗記しても楽しくないのは確かです。たとえば食卓の近くに世界地図を貼って、「この前オリンピックが開かれた国はどこにある?」「世界は広いなあ」と食事しながら話しかける。そうしたことから子どもはいろいろなものに興味や好奇心をもつようになります。

幼児の物質的要求を制限し

「すごい!﹂r天才!」など、rさすが!﹂何でも「こんなことができるのは、火にも飛び込むタイプですちゃっかりさんは、何を言っても効きません。そのためガンガン言うことがあります。とがあります。それは人柄と丯柄を分ける」です。人柄とは、性格、その際、ひとつだけ気をつけてほしいこ容姿、生まれなど、どうにもならないここれを言われると、誰でも傷つきます。私も子どもの頃に人柄をつかれ、ぐさっと刺さったことがあります。灯で照らすよう言われました。

幼児の養育や

ですがちゃっかりさんの私のことです、ら揺れ、とうとう父の怒声が飛びました。「何やってんだ!おまえは何にもできないヤツだ!日暮れ時、父にネジ締めする手元を電落ち着きがありません。灯りはくらくびびりましたね、残りましたね、私でも悪いのは灯りを揺らしたことであって、私自身が悪者·おろか者ではありません。指摘すべきは「事柄」です。この場合なら「灯りが揺れてるよ」です。さらに「電灯をしっかり持ってごらん」と改善策を示せばなお結構!そこだけ押さえれば、ちゃっかりさんはこのまま叱ってOKです。

      しつけをつけないでおいて
      育ての方法なのまた
      子どもたちの思いがよくわかるからです

きちっと掃除をする子どもは

子どもにとって良い段階

一0四歳で逝った曾祖母は明治生まれの芯のしっかりした人で多くのことを学んだ気がします。時代が時代ですから嫁は嫁の立場で7人分の料理、洗濯、掃除と子育てで自分のピアノレッスンを続けることで精いっぱいの日々でした。そういう中で曾祖母や義母から気づかされることがありました。初めての子育てで子どもが高熱を出したり、大きくなると思わぬ事態が生じたりで私は不安でいっぱいになっていたのですが曾祖母や義母に相談するとどんな時も泰然自若として懐の大きさを見せつけられることがよくありました。曾祖母も義母も戦争を体験し、しかも引き揚げ者で人生経験が違うのだと脱帽でした。

それに、私たち夫婦が子どもを叱った後、気が付くと子どもが曾祖母の部屋で曾祖母と並んで座りTVを楽しそうに見ていることがありました。逃げ場があるということも子どもには必要なことなのだと感じたものです。私の教室は熊本市東部の自宅に併設した帯山と酉部の川尻に二つあります。帯山は熊本市の新興住宅地でどちらかというと地域的な関わりが薄く、親の仕事も会社員、公務員、教師、医者などが多い地区です。四世代同居なぞという我が家の環境は帯山の他の家の環境とは全く違っていました。

子供はそれに答えようとせいいっぱい考えます


子どもたちは自由に野山を駆け回っていたはずです

また、たとえばノートをとるためには指で鉛筆を支え、字を書き取る運動が、できるだけ速い速度で行えるほうがベターです。運動脳は、「スポーツができたほうがいいから」という理由だけで鍛えるのではありません。より人間らしく生活ができるように、鍛えてあげたい部かなのです。「大きな運動脳」は外遊びで転んで鍛える運動には「大きな運動」「小さな運動」の二種類があります(粗大運動、大きな運動は、大きな筋肉を動かして体を大きく動かす運動です。走る、ジャンプするなど多くの動きが含まれます。

子どもを見かけたら

古い脳の基本的な姿勢の維持を司る部介と、新しい脳の大脳皮質や小脳が連合して行う動作です。と言われて動くのではなく、古い脳と新しい脳が上手にでき上がる3歳頃からは、が大切です。大人から「こうしなさい」「ああしなさい」とにかく自分の意思で手足をいろいろな方向にたくさん動かすことたとえば親子でリズム遊びを行っているときでも、多少向きがおかしかったり、リズムに合っていなくても直さないでください。本人のしたいようにさせてあげるのです。公園にある遊具なども、どんどん活用してください。うまく使えなくても大丈夫です。


子どもらしさを押さえつけるためにするのではなく

幼児がいましたが自分で考えてごらん!

別離不安の解消に必要なのが、存在を「感じられる」様になる事です。母親が手を離せない時に赤ちゃんが泣き出したら、まずは赤ちゃんに話しかけるようにします。赤ちゃんが泣き止まなくても、母親が近くにいる事を知らせるのです。そして、徐々に赤ちゃんから母親が見えない時間を増やして行きます。ここで必要になるのが「見えなくても存在する」と言う概念です。

幼児に多く見られます


子どもに聞いて決めさせ

しかし概念だけ持っていても、概念と母親を結び付けなければ役に立ちません。母親と概念を結び付けても、不安が勝ってしまえば泣き出してしまいますので、時間をかけて慣らして行かなくてはならないのです。そこで重要になって来るのが「声かけ」です。赤ちゃんが生まれたばかりの頃から、コミュニケーション的楽性で赤ちゃんとコミュニケーションを続けていれば、別に意識してやるほどの物でもないのですが、あまりコミュニケーションを取らずに育てていた場合は、意識的に声かけをする様に心掛けます。また、声をかけて育てた子供は元気に育つ事が知られています。

  • これまでの多くの園における幼児教育は
  • 幼児なら無数に思いつくと思います電車遊び綱引き
  • 幼児がいれば

幼児の成長にしたがって

幼児はストレスがあふれ出す引き金を引いてしまったのかもしれませんが

幼児がとっても大切なことを学ぶということムシさんたちには申し訳ないのですが

それに対する根本的な対策は立ててもらえと言われた例もありましたが、「お友だちができにくい」なかったのですこのことは、子どもに自発的な遊びや生活をさせていない保育が行われていたことを意味しています。統制の中に子どもをおくような保育からは、自発性の発達の遅れを発見することはできません。保育者の指示に従って子どもが動いてくれさえすれば満足している保育者の目には、自発性の発達の遅れは映ってきません。私たちの夏季合宿では、その点がはっきりします。子どもに遊びと生活をまかせることになっていますから子どもは自分で遊びを見つけなければならないし、自分で生活をしなければならない状況におかれます。

子どもは正しい断り方を身をもつて知ります

そうなりますと、自発性の発達の遅れている子どもたちは、友だちの遊びを傍観していたり、何をするともなくうろうろしています。またこれをしてもいいの?といちいち聞きにくる子どもがいましたが「自分で考えてごらん!と言われると、何もできなくなってしまうのです。このような子どもは、二割以上もいましたし、増加している登校拒否児の予備軍ともいえるでしょう。生活習慣もすっかり乱れ、顔も洗わないし、われたからしていたにすぎなかったのです。歯も磨かない子どももいます。それは過去においては、このような子どもたちについて、「幼稚園の先生から何か言われませんでしたか?」と聞いてみても、何も言われなかったと答える母親が多いのですが「よいお子さんです」と言われていた例さえあります。

 

コミュニケーションもある

しつけ法で禁止されています学校での粉ミルクづくりも、おむつをかえるのも、皆私がやっています。母親にミルクをつくらせると、哺乳びんを五回も六回も消毒して1時間以上かかるのです。おむつを一回かえるのに、11時間もかかるのです」と御主人は真剣にそんな話をしながら、でも笑顔をたやしません私は御主人に、なぜそのような状況になるのかということから話しはじめました「このような状態を世間では育児ノイローゼとか、マタニティーブルーとか、産後のうつ病と言っています。その直接のきっかけは育児なのですが、もともと母親に、そのようになる素因があるのです。奥さん自身が育つ時、特に奥さんがゼロ歳の時にきっと何か問題があったはずです」と切り出しましたはたせるかな、奥さんの育ちは不幸でした。

子どもがあるとすればこの奥さんが生まれる直前に父親が蒸発し、母親は止むなく赤ちゃんを近所の人に保育料を払ってあずけて働きに出たとのことです。この御主人は、その不幸な生い立ちも知っていて、自分の力でこの人を幸福にしてやろう、と考えて結婚したのです。すばらしい愛情に満ちた御私は、赤ちゃんと母親の一体化のこと、母親の一時的な赤ちゃん返りのこと、分の「存在感」が縮小して後退することなどを話しました。母子癒着のこころのこと、そして「『存在感』の確かさにはいろいろな程度があります。『存在感』がもともと稀薄な場合、ひどい時には、自分の赤ちゃんの泣き声を聞くだけでパニック状態になることもあります。

幼児の中から

ニンジンと虫歯予防について書かれた文献が見当たりませんので、これが正しいかどうかは分かりませんが、四六時中ニンジンを食べていた私の了供に虫歯が一本も無い事だけは事実です。因みに、子供がニンジン好きになってしまった原因は私にあります。子供が幼稚園の時に好きだったのが「ウサギ」です。そこで、ニンジン嫌いやピーマン嫌いにならない様に刷り込みを試みたのです。その方法は「00ちゃんはウサギさん好き?」と聞くと「ウサギさん大好き」と答えました。

いじめによって不登校になった子どもたち

幼児とはつき合いにくいのでそこで「ウサギさんはニンジンやピーマンが大好きなんだよ、きっと00ちゃんもニンジンやピーマンを食べると、ウサギさんみたいに可愛くなれるよ」と言ったのです。すると子供は「私、ニンジン食べる!」と言って、それからニンジン娘になりました。またニンジンだけでなく、ピーマンも生で食べるほど好物になってしまいました。恐らく、好き嫌いの意識がハッキリする前に、子供が好きな動物の好物として刷り込みを入れると、ニンジン嫌いやピーマン嫌いの予防になるのかもしれません。心配する気持ちを伝える私は子供に携帯電話を持たせずに育てました。

しつけとして大切であるという結論が出たからですそこで

子どもの遊びの意義をはっきりと認めることができるお母さんですどうか

子どもには困難に挑戦しようとする意欲が乏しい巧緻性も発達し
これらのこころの反応は、生まれつきの性格だと思われやすいのですが、そうではありません。いつまでも赤ちゃんのこころから卒業できず、青年になっても、べったりと癒着した寄生的なこころの関係でなければ安心できないことの表れなのですこうした理由で、若者の間に性交渉はするが結婚はしないという現象などが起こってくるのです。セックスをする癒着の関係なら安心ですが、少し離れた関係での愛情はわかりにくくて緊張してしまうのです。性のはんらんは道徳の問題以前に、若者のこころの幼児性に原因があることを見て取るべきです。エイズの爆発的増加を防ぐために中学生にコンドームを見せなければならなくなった現代社会の悩みの根源は、母親がゼロ歳の時に抱いて育てず、また子どもが少し成長すれば過剰な口出しを両親がすることで、いつまでも赤ちゃんのこころから卒業できない若者をつくってしまうことにあるのです。

子どもの体をくすぐりながら
「母子癒着」の世界を満喫することが母子を成長させるこのように不幸を自立できない幼児的な青年をつくらないためにも、おしてみる必要があります。私たちは育児の方法について考えなまず何をさておいても、子どもがゼロ歳の時に、母子癒着の世界を母親も赤ちゃんも満喫しておくことが必要です。そして子どもの成長と共に、母親も大人に成長していくことです。それは、神や仏に近い誇り高き母性豊かな女性としての生きがいを見出すことです。過剰な口出しをして子どもを母親の生きがいの犠牲にすることは、真の母性ではありません。

育児に力を入れようとお考えになられたのならば

「ふざけ」を悪いことのように思っている子どもがお母さんがくそまじめであったり、子どもをきちっとしつけようとして、子どもの自発性を抑圧しているのです。確かに、生活習慣はきちっと自立していて、る小紳士·小淑女というわけです。行儀がよく、言葉も正しいのですが、子どもらしさを失っていその点を見抜くことのできない園の先生がいて、「よい子」と評価します。そして、「ふざけ」たり「おどけ」たりする子どもを叱っています。そうした先生もまた、くそまじめで、しつけばかり急いでいます。

子どもはそれだけで安心できるものですですから、叱ることの多い先生です。このような先生によって、子どもの自発性はますます抑圧を受けてしまいま友だちといきいきと遊ぶことのできる子どもにするためには、一日も早くしつけのわく組から解放する必要があります。そして、自由に自己表現のできる子どもに変えなければなりません。幼稚園でも、自由遊びを多くしていて、先生が子どもといっしょになって、おどけたりふざけたりすることが大切ですが、なかなかそのような先生は多くいませんので、園に期待することができないわけです。お母さん、お父さんにしても、くそまじめであったことでよい評価を受けてきているので、なかなかふざけたりおどけたりすることはできないでしょう。

受け止めてもらえることのうれしさを知っている幼児は

最初は大人が疑問を抱くお手本を示せば良い。緒にいて、目にしたものについて、子どもの想像力で何らかの答えを言えそうなものなら何でも良い。そのうち子どもから、疑問をぶつけるようになってくる。疑問を持つと人の脳は自動的に答えを求め出すように出来ているから、これが習慣付くと暇などしなくなるだろう。ただし、度が過ぎる子どももいて親が一緒に考えるのも大変になることもあるが同様に、公園や道ばたを観察しては子どもにとって珍しいものを見つけてやる。

子どもの遊びを

一緒にすごいねぇと話をしていると、やはり子どもは一人ででもその行動をとるようになる。親子の楽しかった経験がそうさせるのだ。更には、家にあるもので工作をしたり、ブロックや積み木などでいろいろなものを作ったり、表現をする。容器などの廃材を見れば、何かに使えそうだと言って目の前で適当に切ったり貼ったりしてみせるだけで良い。とにかく親が楽しそうにお手本を示し続けるのだ。

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      幼児でしたそれらの幼児が
      子どもには教えてあげるように言ってかまわないと思いますそのかわり