きちっと掃除をする子どもは

子どもにとって良い段階

一0四歳で逝った曾祖母は明治生まれの芯のしっかりした人で多くのことを学んだ気がします。時代が時代ですから嫁は嫁の立場で7人分の料理、洗濯、掃除と子育てで自分のピアノレッスンを続けることで精いっぱいの日々でした。そういう中で曾祖母や義母から気づかされることがありました。初めての子育てで子どもが高熱を出したり、大きくなると思わぬ事態が生じたりで私は不安でいっぱいになっていたのですが曾祖母や義母に相談するとどんな時も泰然自若として懐の大きさを見せつけられることがよくありました。曾祖母も義母も戦争を体験し、しかも引き揚げ者で人生経験が違うのだと脱帽でした。

それに、私たち夫婦が子どもを叱った後、気が付くと子どもが曾祖母の部屋で曾祖母と並んで座りTVを楽しそうに見ていることがありました。逃げ場があるということも子どもには必要なことなのだと感じたものです。私の教室は熊本市東部の自宅に併設した帯山と酉部の川尻に二つあります。帯山は熊本市の新興住宅地でどちらかというと地域的な関わりが薄く、親の仕事も会社員、公務員、教師、医者などが多い地区です。四世代同居なぞという我が家の環境は帯山の他の家の環境とは全く違っていました。

子供はそれに答えようとせいいっぱい考えます


子どもたちは自由に野山を駆け回っていたはずです

また、たとえばノートをとるためには指で鉛筆を支え、字を書き取る運動が、できるだけ速い速度で行えるほうがベターです。運動脳は、「スポーツができたほうがいいから」という理由だけで鍛えるのではありません。より人間らしく生活ができるように、鍛えてあげたい部かなのです。「大きな運動脳」は外遊びで転んで鍛える運動には「大きな運動」「小さな運動」の二種類があります(粗大運動、大きな運動は、大きな筋肉を動かして体を大きく動かす運動です。走る、ジャンプするなど多くの動きが含まれます。

子どもを見かけたら

古い脳の基本的な姿勢の維持を司る部介と、新しい脳の大脳皮質や小脳が連合して行う動作です。と言われて動くのではなく、古い脳と新しい脳が上手にでき上がる3歳頃からは、が大切です。大人から「こうしなさい」「ああしなさい」とにかく自分の意思で手足をいろいろな方向にたくさん動かすことたとえば親子でリズム遊びを行っているときでも、多少向きがおかしかったり、リズムに合っていなくても直さないでください。本人のしたいようにさせてあげるのです。公園にある遊具なども、どんどん活用してください。うまく使えなくても大丈夫です。


子どもらしさを押さえつけるためにするのではなく

幼児がいましたが自分で考えてごらん!

別離不安の解消に必要なのが、存在を「感じられる」様になる事です。母親が手を離せない時に赤ちゃんが泣き出したら、まずは赤ちゃんに話しかけるようにします。赤ちゃんが泣き止まなくても、母親が近くにいる事を知らせるのです。そして、徐々に赤ちゃんから母親が見えない時間を増やして行きます。ここで必要になるのが「見えなくても存在する」と言う概念です。

幼児に多く見られます


子どもに聞いて決めさせ

しかし概念だけ持っていても、概念と母親を結び付けなければ役に立ちません。母親と概念を結び付けても、不安が勝ってしまえば泣き出してしまいますので、時間をかけて慣らして行かなくてはならないのです。そこで重要になって来るのが「声かけ」です。赤ちゃんが生まれたばかりの頃から、コミュニケーション的楽性で赤ちゃんとコミュニケーションを続けていれば、別に意識してやるほどの物でもないのですが、あまりコミュニケーションを取らずに育てていた場合は、意識的に声かけをする様に心掛けます。また、声をかけて育てた子供は元気に育つ事が知られています。

  • これまでの多くの園における幼児教育は
  • 幼児なら無数に思いつくと思います電車遊び綱引き
  • 幼児がいれば

幼児の成長にしたがって

幼児はストレスがあふれ出す引き金を引いてしまったのかもしれませんが

幼児がとっても大切なことを学ぶということムシさんたちには申し訳ないのですが

それに対する根本的な対策は立ててもらえと言われた例もありましたが、「お友だちができにくい」なかったのですこのことは、子どもに自発的な遊びや生活をさせていない保育が行われていたことを意味しています。統制の中に子どもをおくような保育からは、自発性の発達の遅れを発見することはできません。保育者の指示に従って子どもが動いてくれさえすれば満足している保育者の目には、自発性の発達の遅れは映ってきません。私たちの夏季合宿では、その点がはっきりします。子どもに遊びと生活をまかせることになっていますから子どもは自分で遊びを見つけなければならないし、自分で生活をしなければならない状況におかれます。

子どもは正しい断り方を身をもつて知ります

そうなりますと、自発性の発達の遅れている子どもたちは、友だちの遊びを傍観していたり、何をするともなくうろうろしています。またこれをしてもいいの?といちいち聞きにくる子どもがいましたが「自分で考えてごらん!と言われると、何もできなくなってしまうのです。このような子どもは、二割以上もいましたし、増加している登校拒否児の予備軍ともいえるでしょう。生活習慣もすっかり乱れ、顔も洗わないし、われたからしていたにすぎなかったのです。歯も磨かない子どももいます。それは過去においては、このような子どもたちについて、「幼稚園の先生から何か言われませんでしたか?」と聞いてみても、何も言われなかったと答える母親が多いのですが「よいお子さんです」と言われていた例さえあります。

 

コミュニケーションもある

しつけ法で禁止されています学校での粉ミルクづくりも、おむつをかえるのも、皆私がやっています。母親にミルクをつくらせると、哺乳びんを五回も六回も消毒して1時間以上かかるのです。おむつを一回かえるのに、11時間もかかるのです」と御主人は真剣にそんな話をしながら、でも笑顔をたやしません私は御主人に、なぜそのような状況になるのかということから話しはじめました「このような状態を世間では育児ノイローゼとか、マタニティーブルーとか、産後のうつ病と言っています。その直接のきっかけは育児なのですが、もともと母親に、そのようになる素因があるのです。奥さん自身が育つ時、特に奥さんがゼロ歳の時にきっと何か問題があったはずです」と切り出しましたはたせるかな、奥さんの育ちは不幸でした。

子どもがあるとすればこの奥さんが生まれる直前に父親が蒸発し、母親は止むなく赤ちゃんを近所の人に保育料を払ってあずけて働きに出たとのことです。この御主人は、その不幸な生い立ちも知っていて、自分の力でこの人を幸福にしてやろう、と考えて結婚したのです。すばらしい愛情に満ちた御私は、赤ちゃんと母親の一体化のこと、母親の一時的な赤ちゃん返りのこと、分の「存在感」が縮小して後退することなどを話しました。母子癒着のこころのこと、そして「『存在感』の確かさにはいろいろな程度があります。『存在感』がもともと稀薄な場合、ひどい時には、自分の赤ちゃんの泣き声を聞くだけでパニック状態になることもあります。

幼児の中から

ニンジンと虫歯予防について書かれた文献が見当たりませんので、これが正しいかどうかは分かりませんが、四六時中ニンジンを食べていた私の了供に虫歯が一本も無い事だけは事実です。因みに、子供がニンジン好きになってしまった原因は私にあります。子供が幼稚園の時に好きだったのが「ウサギ」です。そこで、ニンジン嫌いやピーマン嫌いにならない様に刷り込みを試みたのです。その方法は「00ちゃんはウサギさん好き?」と聞くと「ウサギさん大好き」と答えました。

いじめによって不登校になった子どもたち

幼児とはつき合いにくいのでそこで「ウサギさんはニンジンやピーマンが大好きなんだよ、きっと00ちゃんもニンジンやピーマンを食べると、ウサギさんみたいに可愛くなれるよ」と言ったのです。すると子供は「私、ニンジン食べる!」と言って、それからニンジン娘になりました。またニンジンだけでなく、ピーマンも生で食べるほど好物になってしまいました。恐らく、好き嫌いの意識がハッキリする前に、子供が好きな動物の好物として刷り込みを入れると、ニンジン嫌いやピーマン嫌いの予防になるのかもしれません。心配する気持ちを伝える私は子供に携帯電話を持たせずに育てました。

子どもの口数が少なく

幼児に謝ってみてください

子どもの考え方を少しずつ認めるようにしてあげてほしいのです

ともに手を携えて叱らなくていいし気持ち「叱らない」◆ルーティンで叱っても意味がないお母さんが息子さんを叱るとき、「よーし今から叱るぞ!」と、気合いを入れてから叱っていますか?あまりそのようなことはないと思います。よほど大きなことをしでかしたときでしょう。妙に冷静になったり、声のトーンが少し低くなったりして、独特の雰囲気を醸し出していると思います。「ちょっとここにきて。お話があるからね」男の子は普段は何も気づかない鈍感な生き物なのですが、恐怖に対しては意外に敏感です。その瞬間に「あつやばい!」とは思っているはずです。

子どもが実際に事故や事件にあってしまったら

頭の中で高速で、今から何が始まるのか?そしてどうなるかを考えていると思います。(あーなんやろ?むちゃくちゃ怒ってるなぁ、お母さん。隠してたテスト見つかった?コップ割ったことかな?わからんように片づけたのに。それとも妹の人形の髪の毛切ったことがバレたのかな?なんやろー?おそろしや……)まあこのような状況では、息子にはあきらめてもらい、しっかりと叱ってもらったらいいと思います。しかし多くの叱る場面では、ほとんど反射的に「何しているの!」「ダメでしょ!」「やめなさい!」などと言って叱っているのではないでしょうか。

 

幼児とけんか腰になっている例もあるのです

育てる上での順番や具体的な方法をご紹介していきたいと思いますそしてその中でお母さんの思いが伝わるのは、またその半分の3回くらいでどうでしょうか?つまり10戦で3勝7敗ぐらいです。プロ野球の選手でも、つの極意でしょう。3割バッターはなかなかの強打者です。10割を目指すのではなく、3割程度の柔らかさの中で息子を認めて、そして育ててほしいと思います。これが男の子を育てるひと男の子恐るべしです。どこまでも調子に乗ります。とことんいってしまいます。

しつけは熱い鉄を打たなくてはいけないとで人の能力にはさほど大きな違いはありませんが、「やる気」には人によって何倍もの差が出ると思います。ほめることで、子どもがいろんなことにやる気を見せて、好きにそして得意になってほしいと思います。つまり「ほめる」とは、子どもの良いところ、素晴らしいところ、得意なところを見つけて、お母さんがプラスの思いを持ち、それを言葉や表情にして、こうして息子さんが自分自身に肯定的な感情を持ち、ほめてくれたお母さんを大好きになるという、とても好循環のサイクル活動ができます。だからうまくほめましょう。親子の素敵な関係づくりのためにも。良いメッセージを送るということです。どこをほめたら喜ぶのか。

幼児たちもそれを歓迎するでしょうそして

「ひと手間かけること心豊かな子育てになります「ほかの子よりも、子育てでやってあげなければならないことが多いんですね?個性的な女の子を持つお母さんから相談を受けたときそう聞かれたことがあります。その子は人の気持ちを上手に読めないところがあり幼稚園の中でもうまくいかずお母さんは毎日、気疲れでクタクタでした。確かに、「これ以上は」と思うお母さんの気持ちはわかります。そんなときは、トラブルが起きる前に「ひと手間」かけてあげることで結果的に楽になることがあります。たとえば、この女の子の場合、人の気持ちや状況がわからないときはそのつど説明してあげればよいのです。

子どもはとまどって遠慮したり

子育てをする為にはコツがある人づきあいの仕方というものはある程度決まっているので「人づきあいのパターン」を教えてあげることがポイントです。それだけで、集団の中でも楽しく過ごせるようになります。「生きやすさ」は、練習しだいで改善できるのです。また、この女の子には偏食がありました。どうしても、緑色の野菜と魚が食べられません。

子どもは泣いて自分の要求を叶えてきた経緯があるからですでもそれは

子どもの言葉を引き出す会話をして

育ての中では自分を認められる脳
決して空気中のホコリを眺めているわけではありません。無表情なのはそして、いったん「スタート!」の火ぶたが切って落とされたらどうでしよう。他の追随を許さぬほどの集中力、観察力、持続力を発揮します。静かな、けれど強いオーラを発してその背後には、めらめらと揺れる炎が見えるようです。「もういいんじゃない?」「そろそろおしまいにしようよ」そんな甘い誘惑には断じて乗りません。美学、信念、生きる道です。

幼児が何と多いことでしょうしかし
キッとにらまれます。放っておきましょう。それが彼ら·彼女らの「盛り上がってるか「いえ、べつに」のりの良さにはついてきません。一定なんです、一人でいるのも苦になりません。「熟に時間をさけるからです。類いまれなる頭脳と継続力。機械のように正確かつ器用な指先歩くコンピュータと呼ばれる日も近いでじっくりさんのママが感じること·うまいもんだわ友達と遊んだら^.Tシャツの裾はインしなくていいから、アリ見てないで、キリン見ようよ動物園に来たんだからいいじゃん、手に砂がついたくらい、箱は捨てようよ、箱はおばあちゃんの発音が気になる「キテーちゃん」「ステッチ」じっくりさんエピソード主人公テレビで見かけた少年鉄ちゃんタイトル「6時5分」文字や数字、考え事LOVE。好きになったら、それ一筋その集中力たるや、大人顔負けです。

子どもとともにいて落ちついた生活をすることや

おおらかな気持ちで見守ってあげてください。ケンカで鍛える人間関係力ケンカは本当に悪いこと?「ケンカはダメ!「ケンカは悪いこと!おうちでも、幼稚園や保育園でも、当たり前のように繰り返されますけれど、本当にケンカは悪いことなんでしょ自分のことをわかってもらいたくて、でもわかってもらえなくて、でもうまく伝えられなくて……。上手に言葉にすることができません。男の子はそういうのが特に下手ですから、なおさらもどかしい。相手を押してしまったり、叩いてしまったり、かみついてしまったりするわけです幼い子はそんな気持ちをどうしようもなくなって叩いたり、かみついてしまったりということはもちろん良くはないことですしかし、そうまでして自分のことを理解してもらいたいという意欲は、大事にしてあげたいですよね。

育てや早寝早起きそれがなくなったら、誰とも親密な人間関係の結べない人のことを心から信頼することのできない、どこかよそよそしい人間になっちやうんじゃないかと思います。「ケンカすら」できない人間になっちやうんじゃないかと思います。よく耳にするのが、新入社員をちょっぴり叱ったら、翌日から会社に来なくなっちゃつたという話傷つきやすいんでしょうね。小さいころに、ケンカをしてでも自分を理解し、相手を理解する経験を豊富に積んでいたならちょっとやそっとのことで傷ついて、人間関係を深めることをあきらめるような人にはならなかったのではないかと思います。また、ちょっと利害がぶつかり合っただけで絶交してしまい、本当に以後まったく口も聞かなくなってしまう……とか。

子どもが沢山集まると

これは恐怖以外の何ものでもない。その恐怖を取り除いてくれる唯·の存在。それが親だ。親は子どもがこの世に生を受けてから片時も離れることなく、子どもを守っている(現代ではそうでないことも少なくないが)。子どもに自我が芽生え、親と自分が別々の存在であると認識するまでは、親は子どもにとって自分の命を保証する安全装置そのものだ。だから、子どもは親が離れると、親を求めて泣くのだ。

しつけるのではなく

命の危機を感じてパニックを起こしているのだ。生まれてから少しずつ、親と自分とは別々の存在であることに気付きだしても、親に守られているから自分が生きていくことができるという事実は変わらない。そして、それは子どもがそう思っているだけでなく、実際に親の多くもまた自分の命をなげうってでも子どもを守ろうと思っている。逆にそう言う覚悟のない親に育てられた子どもは可哀想だ。いつの瞬間も、本当に自分は守られているという安心感を感じることができないで過ごすことになる。

      幼児に質問を繰り返すことにより
      幼児は親に認められたり
      幼児に接していると

しつけとして大切であるという結論が出たからですそこで

子どもの遊びの意義をはっきりと認めることができるお母さんですどうか

子どもには困難に挑戦しようとする意欲が乏しい巧緻性も発達し
これらのこころの反応は、生まれつきの性格だと思われやすいのですが、そうではありません。いつまでも赤ちゃんのこころから卒業できず、青年になっても、べったりと癒着した寄生的なこころの関係でなければ安心できないことの表れなのですこうした理由で、若者の間に性交渉はするが結婚はしないという現象などが起こってくるのです。セックスをする癒着の関係なら安心ですが、少し離れた関係での愛情はわかりにくくて緊張してしまうのです。性のはんらんは道徳の問題以前に、若者のこころの幼児性に原因があることを見て取るべきです。エイズの爆発的増加を防ぐために中学生にコンドームを見せなければならなくなった現代社会の悩みの根源は、母親がゼロ歳の時に抱いて育てず、また子どもが少し成長すれば過剰な口出しを両親がすることで、いつまでも赤ちゃんのこころから卒業できない若者をつくってしまうことにあるのです。

子どもの体をくすぐりながら
「母子癒着」の世界を満喫することが母子を成長させるこのように不幸を自立できない幼児的な青年をつくらないためにも、おしてみる必要があります。私たちは育児の方法について考えなまず何をさておいても、子どもがゼロ歳の時に、母子癒着の世界を母親も赤ちゃんも満喫しておくことが必要です。そして子どもの成長と共に、母親も大人に成長していくことです。それは、神や仏に近い誇り高き母性豊かな女性としての生きがいを見出すことです。過剰な口出しをして子どもを母親の生きがいの犠牲にすることは、真の母性ではありません。

育児に力を入れようとお考えになられたのならば

「ふざけ」を悪いことのように思っている子どもがお母さんがくそまじめであったり、子どもをきちっとしつけようとして、子どもの自発性を抑圧しているのです。確かに、生活習慣はきちっと自立していて、る小紳士·小淑女というわけです。行儀がよく、言葉も正しいのですが、子どもらしさを失っていその点を見抜くことのできない園の先生がいて、「よい子」と評価します。そして、「ふざけ」たり「おどけ」たりする子どもを叱っています。そうした先生もまた、くそまじめで、しつけばかり急いでいます。

子どもはそれだけで安心できるものですですから、叱ることの多い先生です。このような先生によって、子どもの自発性はますます抑圧を受けてしまいま友だちといきいきと遊ぶことのできる子どもにするためには、一日も早くしつけのわく組から解放する必要があります。そして、自由に自己表現のできる子どもに変えなければなりません。幼稚園でも、自由遊びを多くしていて、先生が子どもといっしょになって、おどけたりふざけたりすることが大切ですが、なかなかそのような先生は多くいませんので、園に期待することができないわけです。お母さん、お父さんにしても、くそまじめであったことでよい評価を受けてきているので、なかなかふざけたりおどけたりすることはできないでしょう。

受け止めてもらえることのうれしさを知っている幼児は

最初は大人が疑問を抱くお手本を示せば良い。緒にいて、目にしたものについて、子どもの想像力で何らかの答えを言えそうなものなら何でも良い。そのうち子どもから、疑問をぶつけるようになってくる。疑問を持つと人の脳は自動的に答えを求め出すように出来ているから、これが習慣付くと暇などしなくなるだろう。ただし、度が過ぎる子どももいて親が一緒に考えるのも大変になることもあるが同様に、公園や道ばたを観察しては子どもにとって珍しいものを見つけてやる。

子どもの遊びを

一緒にすごいねぇと話をしていると、やはり子どもは一人ででもその行動をとるようになる。親子の楽しかった経験がそうさせるのだ。更には、家にあるもので工作をしたり、ブロックや積み木などでいろいろなものを作ったり、表現をする。容器などの廃材を見れば、何かに使えそうだと言って目の前で適当に切ったり貼ったりしてみせるだけで良い。とにかく親が楽しそうにお手本を示し続けるのだ。

      コミュニケーションがついたら
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      子どもには教えてあげるように言ってかまわないと思いますそのかわり